すっかり大きくなったその娘と再会したのは、先週の水曜日のこと。
天草の御所浦という小さな島で生まれ育った10歳の少女は23歳になり、出逢った頃の私とほとんど同じ年齢に成長していた。パティシエになることを目指して旅発ったフランスで料理に目覚め、数ヶ月前、日本に帰ってきたばかりの彼女は、10歳の時と変わらないまっすぐな眼差しで心配そうに私を見つめ、溜息をついた。
「どうして自分を大切にしない?」
同じこと、13年前も御所浦で言われた気がする。と笑うと、厳しくて悲しい口調で彼女は続けた。夕海はいつもひとのことばかり心配する。あなたが壊れたらそれで全部終わっちゃうんだよ。
数年前に会った時。彼女は自分を大切にしていなかった。人と人が皆等身大で、玄関に鍵もかけず、互いの家々を行き交う小さな島の小さな町を出て、海の遠い、大きな街の大きな大学に入り、当たり前のように扉に鍵をかける日々の中で彼女はくたくたになっていつの間にか、早く世界から自分が消えてしまえばいいと願っていていた。
友達なんか、ネットで繋がってれば充分だよ。わざわざ会う必要なんかない。そう言われて頭にきて、わかった。じゃあ、私と会うのも無駄だね。やめよう。と対話を切ろうとしたら、違う。とわあわあ泣いて止まらなくなった。その時のことがずっと気になっていた。
「フランスに行って、私は自分を変えようと決めた。11月のテロのこともあって、親もみんな私があの国にいることをとても心配したけれど、どこに居たって何が起こるかなんてわからない。ヨーロッパの人達の中には常に危機感と豊かさがある。今の私もそう。だから全然怖くない。」
一週間が経ち、また訪れた水曜日の今日。朝刊には<ベルギーテロ34人死亡ー首都の空港と地下鉄爆破ー>の文字が踊り、逃げ惑う人々の姿が掲げられた。ヨーロッパは今後戦争状態になっていくかもしれないと、世界中が恐れおののいている。それでもあの娘はびくともせずに、今日も変わらず光を抱いている。その確信が私を内から照らして温かい。
今日は満月の水曜日。
あの娘を育てた海は、夜に向かって満ちている。
筆名:玉井夕海 年齢:38 都道府県:東京
あら、玉井さんが、、
返信削除もんしぇんの天草ですね。
天草の海に満月の光が浮かぶのが見えるようです。