2015年11月18日水曜日

2015年11月18日(水)

夫(71) 私(68)の二人家族です。

今日は とてもいい天気だったので 友人と近くの万博記念公園まで 約40分かけて歩きました。

1970年に大阪千里の地で 開催された万博も45年過ち 小さかった木々も 大きく立派になり 今では森のような公園になっています。

太陽の塔は 昔とかわらず そのまま残っています。 四季折々の花が咲き その都度 大勢の人で賑わっています。

今は色とりどりの コスモスが きれいに咲き 皆を楽しませてくれます。

もうすぐ紅葉もはじまり賑わくことでしょう。

私達が結婚しましたのも 1970年の万博の年で 主人と度々、万博でデートをし 長い行列に並びパビリオンを観て廻ったものです。

そのパビリオンのあった場所には その位置を示すプレートが貼られています。

それらを懐かしく見ていると 何んだか私達の出発点に立った様な不思議な気持になりました。

お蔭で楽しい一日で ウキウキした 気分で家に帰り着きました。

45年前に 手をつなぎ万博をデートした夫が大きな声で「おかえり」と迎えてくれました。

なんて 幸福なこと!!

改めて 感謝、感謝です。
そんな 水曜日でした。



筆名:ハイジー  年齢:68  都道府県:大阪

2015年11月11日水曜日

2015年11月11日(水)

こんにちは。今日は実家の大阪から、学校のある宮崎に戻って来ました。
今回の帰省は突然倒れた母に会いに行くためでした。
姉には都合もあるだろうから帰って来るかは自分で決めろと言われました。すごく悩みました。心配だから帰りたい、でも、まだ夏休み中とはいえ、予定はつまっているし、お金のこともある。何よりもそんな状態の母に会う勇気がありませんでした。
悩んだ末、1人の友達に相談しました。その子は「会いに行け。」「できることはしといてあげる。お金のことは。何より今会いに行かなずっと心配で納得いかんやろう。」と言ってくれました。その言葉を聞いて、あぁ自分は一体何を悩んでいたんやろう、と思い大阪に一旦帰ることにしました。
帰るにあたって、運賃は父が出してくれ、バイト先の人は代わりに出ると言ってくれ、サークルの先輩は気にせず帰れと、教授は自分がやるべきだったことは代わりにやっておくと言ってくださいました。
大阪に帰り母に会いに行きました。正直かなりショックでした。たくさん泣きました。でも、帰って来てよかった、ちゃんと会ってよかったと心から思いました。
宮崎に戻った今思うのは、自分を支えてくれた人への感謝です。自分の周りには助けてくれる人がたくさんいると気づかされました。今まで家族をかえりみなかった父が毎日病院に通っているのを見て、父はちゃんと母を愛していたのだな、と安心しました。
まだしばらく母は入院生活が続くようですが、これからリハビリを頑張るそうです。自分はただ遠くから応援することしかできませんか、もう泣くことも疲れたし、学生の本分である学業に専念します。

では今日はこの辺で。
又お便りします。


筆名:ちゃん  年齢:20歳  都道府県:宮崎

2015年11月4日水曜日

2015年11月4日(水)

今日のこの手紙は、どこに住んでいるどなたに届くのでしょう。

水曜に起きた出来事をいつもお気に入りのスタバで書いています。

スタバは音楽の流れる飲食OKな図書館のようで、お友達と一緒に過ごす日もありますが、大体ひとりで、本と便せんを持って来店します。

この水曜日は、ショッピングモールで迷子の男の子に話かけられました。

丸で、昔からの知り合いのように話しかけてきて、とても人なつこかった。

拙い言葉で、要は、自分と一緒にサービスカウンターに行こう、というお誘いだったのだけれど、休憩に入ったばかりの空腹状態に負けて、その子が落ちついていた事もあり、私が昼食を済ませてから連れていくと、申し出てみました。

仕方ないなァ、でも、親を探し回り過ぎて、メッチャ汗かいたんだよね僕は!というから、ジュースを買ってあげました。

館内放送をかけてもらうと、すぐに母親が来て、お礼の言葉もそこそこに連れていってしまった。

まだ私の視界の範囲なのに、その子にあげたジュースをぐびぐび飲みながら去って行った母親には 思わず笑ってしまいましたが、

少しの時間、小さな男の子に、何の警戒もされず話しかけられて、はからずも翻弄されたことがとても面白かったです。

4歳だと言っていたけれど、自分が4歳の時、あんな風に全く知らない人と話が出来ただろうか。

自分て一体どんな子どもだったかなと思いました。

先ず迷子になった記憶がありません。

この手紙を読んでいるあなたは、4歳の頃を覚えていますか?
迷子になった事、ありますか?
どんな子ども でしたか?

元々、あまり昔の事を思ったり、振り返る事をしないタチですが、その男の子と接して、自分も覚えていないだけで、こうして色んな、その時の大人と、何か会話したりしたんだろうなと思いました。

具体的に覚えていなくて良いから、この男の子が、いつか、誰か迷子を見つけたら、知らんふりしないで、一緒におうちの人を探してくれる男の人になると 良いな。

まだそんなに長生きしている人生とは言えないかもしれませんが、これまでに、私の人生終わるなら今日だな と思った事もあったのです。

あの日の立ち上がれなかった自分に言いたい。

小さな男の子と少しだけ一緒に過ごして
それで心があたたまる日も来るから、

日付が変わるまで、ニコニコしてるような一日も来るから、もう少しだからねーと、言いたい。

また書きます。


筆名:わり  年齢:36歳  都道府県:熊本

2015年10月28日水曜日

2015年10月28日(水)

水曜日さん、こんにちは。
今日の私は とても元気です。
というのも、私は今、乳がんの為、化学療法中の身だからです。
2週間前の水曜日に2回目の抗がん剤の点滴を受けて、
10日位、寝たり起きたりのゴロゴロ生活を送っていました。
今週になってから薬が抜けたのか、調子が戻ってきました。
頭は人生初のマルコメちゃんです。
行きつけの美容院で わけを話し、丸刈にしてもらいました。
女性の丸刈りは初体験だと言っていました(笑)
ウィッグも用意したけれど、今は、つけ毛にバンダナ帽子です。
これが一番らくちんかな?
毎日のように7ヶ月の孫がやってきます。
一緒にゴロゴロして、お昼寝します。赤ちゃんをみていると
自然と 笑みが浮かびます。こんな状況なのに
幸せを感じるのは、どうしてかなぁ〜?
3年通ったセミナーのスタッフさんに欠席届がてらに告白のお手紙
書いたら、悲愴感たっぷりの激ましメッセージがたくさん届いてびっくり!
病気=不幸 は ちょっとちがうぞ、と感じた今日このごろでした。


筆名:あさが来た  年齢:62  都道府県:宮城

2015年10月21日水曜日

2015年10月21日(水)

今日は「秋分の日」の水曜日です。
2~3日外出したので今日は自宅で過ごしました。
やっと夏物を洗って片づけ始めることが出来ました。
ここ1ヶ月雨が多くて又気温の変化もめまぐるしくてなかなか片づけが進みませんでした。

夏にサヨウナラ そして 秋~冬 イヨイヨですね
と言う感じでしょうか…。

秋には特別の思いがあります。
私の産まれた家は農家でしたので「実りの秋」はとてもうれしいものでしたが、
その反面、秋の終わりには父が県外へ仕事へ出て行ったのです。
「出かせぎ」です。
雪が降って大変な季節に老人と母親と子供だけの生活を送らなければならないのです。
回りの家々もほとんど同じ生活です。

秋はそんな生活が近づく事を知る時期なのです。
だから子供のころは秋はキライでした。

時が変わり高速道路や新幹線が通り「出かせぎ」は死語になりました。
冷たい冬も家族で生活できます。
あのさびしく、つらい、秋から冬はもう今は無いです。
今日はそんな事を思った秋の水曜日の1日でした。
あなたはどんな水曜日を過ごされましたか?


筆名:かこりん  年齢:61  都道府県:新潟

2015年10月14日水曜日

2015年10月14日(水)

 こんにちは
今日は お盆休みも終り 又いつもの生活に戻りつつありますが、母の事を書いてみたいと思います。
 私の母は 8人弟妹の長女として生まれ 結婚したら 何ヶ月もしないのに戦争で主人は亡くなり 若くして未亡人となりました。
 婚家では 他人となる嫁がいては 財産を持って行くんではないかと心配し 実家に返されました。実家に帰っても下に7人もの弟妹達がいて、出戻りが居ては いろんな意味で迷惑をかけると思い 私の父である再婚相手と結婚します。
 結婚したと同時に、2人の先妻の息子の母となります。
 婚家先にも昭和19年に戦死した義弟がいて何かの因縁のようです。
 殆んど語らなかったのですが、この様な事をうっすらと聞いたのは 私が中学も卒業する頃でした。
兄妹ゲンカをしてると、父も母も長男を少しも怒らず、私達や、弟の方をなだめたりしていたのが 何かを物語るものでした。
母は長男の方に気を使い、父も兄には 何にも言わず 甘やかして育てたものでした。
 戦争の恐ろしさ むごさでしょうか? 亡くなられた方も悔しい思いをされた事でしょうが 残された者も 生き地獄を味っておりました。
母は94才で亡くなり お盆や 月命日がくると 思い出さずにいられません。 生きている時に味わえなかった 孫との同居や お嫁さんとの同居はなかったのですが この秋に又、1人の赤ちゃんが誕生します。
自分の血が続いている事を きっと 喜んでくれると思います。
   読んで下さって有難うございます。



筆名:団子虫  年齢:71  都道府県:熊本

2015年10月7日水曜日

2015年10月7日(水)


 顔も名前も知らないあなたへ

わたしの名前は、ともです。
年れいは8さいです。すきな食べものはチョコで、すきなスポーツは、スキーとスケートです。
とくいなことは、絵をかいたりめいろをかいたりすることです。
勉強はちょっとニガテです。すきなどうぶつはオカピです。

夏休みの自由けんきゅうは、「どうぶつの目のいちはどこにあるの」というものにしました。
どうぶつの目のいちがどこにあるかしらべるものです。

〈水曜日〉 今日の1日
7:30ごろにおきて朝ごはんをたべます。そしてきがえをし、はみがきをします。

8:15ぐらいに学校へ行きます。

つぎにじぎょうをします。4時間目のじぎょうがおわったら、昼ごはんをたべます。

昼ごはんをたべたあと、1時間べんきょうしたら、じどうかんへいってから、いえにかえります。

いえにかえってばんごはんをたべたら、はみがきをして、ねます。

                                  〜ともより〜



筆名:とも  年齢:8  都道府県:兵庫