2016年3月30日水曜日

2016年3月30日(水)

車内のラジオから世界の天気が聞こえてくる。

ニューヨークは、晴れ。
サンパウロは、晴れのち雨。
シドニーは、曇りのち雨。
ソウルは、晴れ時々曇り。
北京は、晴れ。
ジャカルタは、雨。
モスクワは、晴れ時々曇り。
パリは、曇り時々雨。
カイロは、晴れ。
ロンドンは、晴れのち雨。
ケープタウンは、晴れのち雨。

今日は、赤崎水曜日郵便局への最後の出勤。
八代駅から、おれんじ鉄道で津奈木町へと向かう。
通勤する時はいつもこの電車に乗って。

肥後二見駅を過ぎたところから、右手に海が現れる。
何度見ても飽きない手が届きそうな静かな海。
小舟が見える。

上田浦駅に停車する。
ホームに1匹の犬が座って電車を見ている。
ゆっくりと電車が動きだす。
トンネルを抜けると線路沿いに咲く桜が見えてきた。
海と桜だった。

津奈木駅に到着すると雨が降っていた。
誰かに迎えに来てもらおうかと思ったが、歩いてつなぎ美術館へ向かうことにした。
古い集合住宅が取り壊されていて、カラスが一匹、空き地にいた。

美術館に到着し事務所へ入ると、スタッフの五十嵐靖晃と加藤笑平がすでに到着していて、楽しそうに話していた。4人のスタッフが全員集まるのは1年半ぶりだろうか。
玉井夕海は、いつものことながら新幹線を乗り損ねて到着が遅れるとのこと。
加藤笑平が「夕方には雨はあがるらしいぞ」と言った。


確かに、夕方、雨は上がって赤崎水曜日郵便局の前に広がる海に金色の道が見えた。


筆名:遠山昇司  年齢:31  都道府県:熊本

2016年3月23日水曜日

2016年3月23日(水)

すっかり大きくなったその娘と再会したのは、先週の水曜日のこと。

天草の御所浦という小さな島で生まれ育った10歳の少女は23歳になり、出逢った頃の私とほとんど同じ年齢に成長していた。パティシエになることを目指して旅発ったフランスで料理に目覚め、数ヶ月前、日本に帰ってきたばかりの彼女は、10歳の時と変わらないまっすぐな眼差しで心配そうに私を見つめ、溜息をついた。

「どうして自分を大切にしない?」

同じこと、13年前も御所浦で言われた気がする。と笑うと、厳しくて悲しい口調で彼女は続けた。夕海はいつもひとのことばかり心配する。あなたが壊れたらそれで全部終わっちゃうんだよ。

数年前に会った時。彼女は自分を大切にしていなかった。人と人が皆等身大で、玄関に鍵もかけず、互いの家々を行き交う小さな島の小さな町を出て、海の遠い、大きな街の大きな大学に入り、当たり前のように扉に鍵をかける日々の中で彼女はくたくたになっていつの間にか、早く世界から自分が消えてしまえばいいと願っていていた。
友達なんか、ネットで繋がってれば充分だよ。わざわざ会う必要なんかない。そう言われて頭にきて、わかった。じゃあ、私と会うのも無駄だね。やめよう。と対話を切ろうとしたら、違う。とわあわあ泣いて止まらなくなった。その時のことがずっと気になっていた。

「フランスに行って、私は自分を変えようと決めた。11月のテロのこともあって、親もみんな私があの国にいることをとても心配したけれど、どこに居たって何が起こるかなんてわからない。ヨーロッパの人達の中には常に危機感と豊かさがある。今の私もそう。だから全然怖くない。」

一週間が経ち、また訪れた水曜日の今日。朝刊には<ベルギーテロ34人死亡ー首都の空港と地下鉄爆破ー>の文字が踊り、逃げ惑う人々の姿が掲げられた。ヨーロッパは今後戦争状態になっていくかもしれないと、世界中が恐れおののいている。それでもあの娘はびくともせずに、今日も変わらず光を抱いている。その確信が私を内から照らして温かい。

今日は満月の水曜日。
あの娘を育てた海は、夜に向かって満ちている。


筆名:玉井夕海  年齢:38  都道府県:東京

2016年3月16日水曜日

2016年3月16日(水)

5時、海を見に行く。辺りはまだ暗い。雲の隙間から星が見える。西の浜に立つと水揚げされた海苔の養殖資材から出るきつい磯の香りが時折漂ってくる。昨夜の北風は止み、穏やかな潮騒だけが聞こえている。沖に目をやると、仕事を終えた底引き網漁船が赤い航海灯を見せながら南の港へ向かっていくのがわかった。

香川県坂出市沙弥島にある海の家が現在の滞在先。目の前には瀬戸内海が広がっている。今週末320日に開幕する瀬戸内国際芸術祭2016に出品するため、ここで約1ヶ月滞在制作をしており、いよいよ制作も佳境を迎えている。

今回の作品は海上に設置するため、作品の見え方や展示設営に於いて、潮の満ち引きが重要なポイントとなる。今日の満潮は55分と1632分。干潮は1118分と2317分。

潮は1日に2回満ち引きがある。約6時間かけて潮は満ち、約6時間かけて潮が引く、これが1日に2回。それで24時間というわけだ。潮の満ち引きは月の満ち欠けと連動している。古代から人間は、月の満ち欠けの周期から暦をつくり生活に役立てるとともに、鑑賞の対象にしてきた。

潮の満ち引きは月の引力によって起こる。月の引力は、月に面した地球表面で最大となり、海水は月の引力に引きつけられ、盛り上がる。こうして海水が集まった場所が満潮となる。新月や満月になると、太陽と月と地球は一直線上に並ぶため、月と太陽の引力が合わさり潮の満ち引きが大きくなる。これが「大潮」。逆に半月の時は「小潮」となる。

以前に珊瑚の産卵を見に行った時、産卵は新月の夜だった。同行していた珊瑚の研究者の話では産卵は満月か新月の時で、大潮に乗せて卵をより遠くまで運ぶことが目的だと考えられているそうだ。人間も満月の時に出産しやすいという話も聞いたことがある。

この星の生物のはじまりが海からだとするならば、我々のDNAの奥深くには、潮のリズムが刻まれているに違いない。この星に生きる者として、自らのリズムを確認したい時、こうして、だれもいない浜辺で、月と潮に向き合うのもいいかもしれない。


筆名:五十嵐靖晃  年齢:37  都道府県:千葉県

2016年3月9日水曜日

2016年3月9日(水)

今日は久々の水曜日。
今、僕は拠点にして居る九州を離れて地元である関東に来ている。
東京の西側に母、東端に父が住んでいるが、会いにはいかない。

昨日の夜に一時間半遅れの飛行機で九州土産をかかえて成田空港に到着し、東松山の友人の家へ向かった。
九州から来たので幾分か寒い気がする。
今朝はその友人の家で目が覚めた。
簡素なマットの上で緑色の薄い毛布にくるまって寝たが、機密性のある部屋なのか、思ったより寝起きは寒くなかった。しかし頭痛がする。家主のコリちゃんと盛り上がり、最後は明け方に熱い抱擁とキスをしながら忌野清志郎を合唱して、しこたま飲んだ昨夜の熱がまだ冷めない。最後は怒られて寝た。
コリちゃんは朝早くに養蜂の仕事へ出ていてもういない。
彼の嫁のえいみが朝ごはんを準備してくれた。

東松山には縄文人の横穴があり、いい川が流れている。
そこを歩いて絵を描く予定だったが、雨が降り、寝坊もした。
なので、歩いて絵を描くのは明日にして展示をするスペースへ行く。紅茶を飲みながらスペース主のケンさんと話が盛り上がり、展示の打ち合わせもまとまった。
ケンさんと話すといつも時の流れを忘れてしまう。
時間が押して急いで横浜の寿町へ移動する。
東京を飛び越して神奈川へ向かうが、乗り換えが一回で行けることに驚く。
寿町は6年前から通っている思い入れの深い場所。
懐かしい面々に再会し、かつての寿の住人でもある大切な友人鹿島くんの結婚パーティーの内容をビールとワインを飲みながら詰め、準備をする。
名残惜しくもこんどは黄金町へ行き、山野真悟さんに会いに行く。渡邊瑠璃も合流し、三人でビールを飲む。山野さんの仕事をしっかり終わらせての謁見だったからか、おごってもらって嬉しい。
名残惜しくも東松山へ帰る電車に飛び乗った。
電車の中で、あ、きょうはサンキューアートの日だ。懐かしい。と、かつて天草で参加していた時のことを思い返す。
/今この日記を書いてまとめている最中に遠山昇司から催促があった/

水曜日の物語をリアルタイムでこのように書き出すということは、新鮮な感覚が指先や頭の表面、お腹のヘソの上などにひっついていて、まだ落ち着くことなく、沈殿もせず、浮遊しているわけでも消化されているわけでもない。

いま、部屋の向こうで美術について、特権的教育について、酒について話をしている三人がいて、僕は水曜日といままでの水曜日郵便局という“場”を想っている。
それはまさに形のない、美しき一つの形なのかなと。
空白が空白を埋めていくことができる、とても豊かな世界なのかなと、そうぼんやりと、やっぱりきっと、落ち着きのない自分はそう、いまは感じている。


今日もたくさんの物語がこの世にうまれ、そして少しずつ記憶から消えていくのだろうか。物語は消えないのだろうか。物語とそうでないものの境界とはなんだろうか。




筆名:加藤笑平  年齢:32  都道府県:福岡県

2016年3月2日水曜日

2016年3月2日(水)

この手紙を受け取ってくださった方へ
 こんにちは。いかがお過ごしですか?
 私は、今日は、なんだかボーっと1日過ごしてしまいました。週末、成人式だったので、実家がある九州に帰っていて、昨日、東京に戻ってきました。東京に戻った当日は、何ともなかったのですが、今日になって、急に、もう成人になったんだなあと、ちょっと寂しくなりました。春生まれなので、とっくに20歳にはなっていたのですが、成人式を迎えて、振袖を着て、お世話になった方々に会って、「おめでとう!」と言われると、改めて、自分は成人になったんだなあと感じました。小・中学生の頃、20歳と聞くと、大人だなあと思っていましたが、いざ自分が20歳になってみると、まだまだ親に甘えてばかりで、子供だと感じています。迷惑ばかりかけてきた20年間だったので、素直に「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えたかったのに、結局はっきりとは伝えられませんでした。東京に戻る日に、母が好きなメーカーのペアのマグカップと、父と母への手紙を、自分の部屋の机の上に置いて、家を出ました。空港まで、見送ってくれた母が帰宅して、私の部屋に入った時に気づくようにです。私が東京に着いた日の夕方、母が部屋に入って、プレゼントと手紙に気づいたようで、電話がかかってきました。照れくさかったけど、お互い素直に話せた気がしました。
 昨日帰ってきたばかりなのに、もう実家が恋しくなってしまいましたが、春に帰省する予定なので、それを楽しみに、今日からまた、東京で頑張ろうと思います!東京も大好きなので、もしかしたらすぐに、「やっぱり帰省しなくてもいいや!」なんて思うかもしれません
 あなたにとって、今日が良い一日でありますように!機会があれば、また、水曜日にお会いしましょう。さようなら。


筆名:のつ子  年齢:20  都道府県:東京都

2016年2月24日水曜日

2016年2月24日(水)

 みどりちゃんのピアノレッスンは毎週水曜日。家から3つめの角を左に曲がり5軒めが先生のお家です。途中の犬や公園で遊ぶ友だちにあいさつをしながら歩いて行きます。
 ある日レッスンバッグを肩に掛け歩いていると...どこからかぷぅ〜んと甘いお菓子のおいしそうな匂いがしてきました。みどりちゃんがキョロキョロしていると、”南”という表札の家から「クッキー焼けたから食べていかない?」と女の人の声が。みどりちゃんは思わず「はぁ〜い、食べる!!」あらあらピアノのレッスンの事は忘れてしまったようですね。玄関横のベランダのテーブルに焼きたてのクッキーとミルクティーが用意してありました。みどりちゃんはひとつ食べてみました。「おいしい!なんて幸せ!!あっ知らないお家に勝手に入って食べちゃった.どうしよう!!」すると「いいのよ.おいしい匂いでお招きしたのは私ですよ。」と女の人 どうやら南さんらしいです。
ミルクティもいただいてみどりちゃんはピアノのレッスンを思い出しました。
「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです。ありがとうございました。」とお礼を言うみどりちゃんに、南さんは「またいい匂いがしたらいらっしゃい。」と言ってくれました。
 レッスンに遅刻したみどりちゃんはピアノの先生にその話をしました。すると先生は、「わかった.クッキーやお菓子の上手な女の人は南さんでしょう。先生もごちそうになったことがありますよ。」みどりちゃんは遅刻したことを怒られなくてよかったなぁと思い、それに先生もおいしいクッキーを食べたことがあるなんてうれしいなぁと思いました。その日の練習曲には特別に”甘い香り”という題名をつけました。
 これはみどりちゃんの水曜日のお話でした。
 読んでいただいてありがとうございました。あなたとこんなステキな出逢いができて♡幸せを感じます。いつかどこかでお会いしましょうね。
                      さようなら



筆名:みどりmama  年齢:54  都道府県:熊本県

2016年2月17日水曜日

2016年2月17日(水)

先日、帰省先の九州で出席した中学校の同窓会の興奮が冷めていないので、それについて書こうと思う。みんなとはじつに45年ぶりの再会となった。
自分の所属していた31組の丸いテーブルに早めに着くと、すでに着席していた4名の同級生と目があった。全員顔のどこかに昔の面影を残している。胸の名札に目をやると、急に当時の各自の振る舞いが蘇ってくる。意識の奥底に仕舞い込まれていた記憶の断片が浮上してくるようだ。
心は15歳の少年だった頃に引き戻されていく。若返ったような、別の世界に引き込まれたような奇妙な気持ちになる。今夜のこれからの時間をどのように振る舞えばいいのだろうか。少年の日に戻るべきなのか、それとも意識の芯のところは大人の自分でいるべきなのか。自分の立ち位置が分からず戸惑ってしまうのだ。
かつての級友たちと話をしていると、立ち振る舞いや物言いが当時のままなのは思わず苦笑してしまう。人はなかなか変わらないものなのだ。若い自分は飾らない自分でしかなかったはずだが、強烈な印象を受けたという人やほとんど記憶がないという人もいて、自分という少年はどのような人物だったか分からなくなる。
周りにいるのは昔の少年少女たちだが、自分だけが過去の自分に戻っていけず、今のままの中年の大人であるようにも感じる。時間と空間が歪んでいるようだが、なんだか心地よい。
過去は変えられないし、失敗を悔やんでも取り返しがつかない。未来を志向して生きるしかない。有名になったり、金儲けをする必要はもうない。自然のままの自分に戻り、生きていけばよいのだ。
3次会のスナックでの別れ際に、今年のお盆に1組だけのクラス会を開催することになった。今回思い出せなかった過去の記憶が飛び出てくるかもしれない。怖いようなワクワクするような気持ちに包まれた。



筆名:のぶさん  年齢:59  都道府県:東京