2016年1月27日水曜日

2016年1月27日(水)

新しい年が始動して3日目。
今年は4日が月曜なので休み気分は3日まで。
ほぼ毎日、冬にしてはもったいない暖かな日射しを浴びて幸せ。
幾分かは冷え性も改善されたのか、今ごろは赤紫に腫れあがっていた手のしもやけも無くて、逆に何故? 暖冬? 体調良好? うん何より!が…
頰っぺのしもやけを見つけてしまったところです(涙)。
さてさてこの赤崎水曜日郵便局さんと知りあって3年目に入りました。
2年共に各年20人近くの方からお手紙が届いています。
毎年、年末~年始にかけて、冬の夜長こたつの中で一通一通読み返すのが楽しみです。
そう、今年も。
遠く離れた熊本から届く全国の方からのお手紙。
一方通行なのに、以前からの知り合いのような気になるのは何故でしょうね。
とても暖かい温もりが伝わってきます。
私も誰かをそのような気持ちにさせているのかしら?と思いつつ、今書いています。

今日は年明けして初めて買い出しへ。
家族5人分(三世代同居86才~34才)一週間のまとめ買いです。
幸い各野菜は、ばあちゃんが作ってくれているので大助かり。
大根、芋、白菜は日替わりで登場。
寒いので煮物優先。
レパートリー乏しくて…。体はあたたまるので良しとします。
体調崩さないようにして下さいね。



筆名:ドラちゃん  年齢:57  都道府県:兵庫

2016年1月20日水曜日

2016年1月20日(水)

みなさん こんにちは。私は中学2年生です。
もうすぐ2学期も終わり、冬休みです。
今年は、どうやって過ごそうか、今からもう、ウキウキしてます。
今日は、盛りだくさんな水曜日を私は過ごしました。
といっても、特別な行事があったわけではありません。
朝にあいさつ運動を行うため、いつもより、少し早く家を出ました。
1時間目は学活で、2学期のふり返りをしました。
2時間目は歴史でした。先生は余談が多く、とてもおもしろいです。
3時間目は技術で電気について学びました。技術は、歴史よりも余談が多く、将来の話や、顔について、どんどん話がずれていきました。
4時間目は、数学。私は数学が大好きです。今日は三角形の合同条件について勉強しました。
そして、給食。今日は、肉だんご。でも私は肉だんごが嫌いです。
5時間目は、美術。先生が独特で、いつも「帰りたい〜!」と言っています。
6時間目は、英語。私は英語が嫌いです。なかなか、発音できず、単語も覚えられません。でも先生はとても燃えています。
放課後は、学校の周りを6周走りました。私はバレー部ですが、あまり、運動が得意ではないので、ちょっとがっかり。
完全下校が短くなり、最近は、筋トレ中心
今日は、楽しいことも、悲しいことも、疲れたことも、ウキウキしたこともあり、盛りだくさんでした。
明日は、どうなるのか、気になります。今日みたいに行く日はあるのか、楽しみです。
みなさんは、どんな1日を過ごしましたか


筆名:りんごちゃん  年齢:13  都道府県:宮城県

2016年1月13日水曜日

2016年1月13日(水)

今日は。年が明けて初めての水曜日ですので、明けましておめでとうございます。
2000年を超えてもう16年も経つのですね年月が経つのは早いものです。

去年まではそうでもなかったのですが、子どもが生まれてからは意識的に季節感を大切にしようと心がけています。
七夕に七夕にちなんだ夕飯を作ったり、クリスマスにクリスマスツリーを飾ったり、今回はシメ縄飾りやかがみ餅の置き物を置いたりですね。(そんなに本格的ではなくて100均のチャチいものですが…)
そうやって部屋の中の雰囲気を少し変えるだけでも子どもは敏感に感じとって「今はお正月だよ」とか教えやすくなったので、
とても興味深かったです。
せっかく四季があり季節の風物詩や行事がたくさんある日本なのだからこれから成長していく子どもにもその感じ方の一端を捉えてもらいたいな…と思ったりしています。

これを読んで下さってる貴方は新年をどのようにお迎えでしたでしょうか。
私は特に何の変哲もなく紅白を見てTVをみながらカウントダウンをして最初にダンナに「明けましておめでとう」と言った程度だったのですが…
何というか、その「何の変哲もない」ことがいちばん良いのかなー、なんて思っています。
日々変化していく毎日だから、変わらずいることも特別なことなのかもしれませんね。
個人的に今年はついに四十路に突入してしてしまうのでこの新年若干フクザツな気持ちがあるのもなきにしもあらず…ゴニョゴニョという感じなのですが。
まぁ1年大きなケガや病気無く、子どもも無事で過ごしていければ何よりかな、とのんびり構えています。
まだ、子どもが小さいので、四十路になっても若々しくいたいな、というのは秘かな野望です…!!
読んでいただきありがとうございました。
来週も穏やかな水曜日がおとずれますように。



筆名:ヒロコ  年齢:39  都道府県:福岡

2016年1月6日水曜日

2016年1月6日(水)

今年も後半月なりました
暖かい日が続いています 冬なのに信じられない気温です
でもあすからは寒気が来て雪になりそうです

今年は年賀状に「ひと言」書く作業をしていました
下手ですがやはり「ひと言」そえたくて....。
外国で生活している息子家族にも出します
プラス18円で海外にも届きます.
息子の話ですと外国のデパートでも年賀状を売っているとか
それだけ海外で生活する人が多いのでしょうね.

年末の予定を手帳へ書き込みながら日々を送っています.
年々忘れやすくなっているので「早め早め」に準備しています.
これからは天候に左右される生活がしばらく続きます
「明日はわからないから」は雪国の決まり言葉です
天候が1日でガラリと変わりますから何でも早めにして
おかないとだめなのです

明の朝は 白い世界が広がりそうです

あなたの所の空は どんな色でしょうか?

私の水曜日は もうすぐ終ります.    おやすみなさい

                12・16    PM11:00


筆者:かこりん  年齢:61   都道府県:新潟

2015年12月30日水曜日

2015年12月30日(水)

今日は、お世話になった大好きな人へ

クリスマスプレゼントを準備しました。

何を用意したのかは、秘密です。

いつも、笑顔で やさしく 楽しくしてくれる、

頼もしい人です。私の片思いは、届くのか

分かりませんが、クリスマス、サプライズ

プレゼントは、成功したいです。

この胸のときめきは、一生忘れません。

ありがとうって 思いと想いを、伝え

ます。今年1年、ありがとう。ずっと、

ずっと、これから先も、よろしくね。

いっつも迷惑かけて、ごめんね。

素直に、なれなくて、ごめんね。

でも、支えてくれて、ありがとう。

笑顔と ちからを くれて、

ありがとう。



筆名:なし  年齢:なし  都道府県:熊本

2015年12月23日水曜日

2015年12月23日(水)

同じ空の下、どのような水曜日をお過ごしですか?
私の住んでいるジンバブエは、春から夏を迎えているところで、アフリカの桜と呼ばれているジャカランダの花が鮮やかなむらさき色で、町を彩っています。

今日、水曜日、昨日30年目の結婚記念日を迎えた両親にメールをしました。
本当は今日だと思っていて、母親から昨日だよ(笑)と言われたのですが。
日本の神奈川の実家を出て6年、海外での生活が主になって4年になります。
あまり日本に帰りたいと思わなくて、帰っても週数間の滞在なのですが、
それはきっと、両親や家族、友達がいつも待っていてくれているからだと、
帰る場所があるからだという、ぜいたくな想いがそこにあるからだと、
今日両親のことを想っていてふと感じました。
ジンバブエに住んで、3年になりますが、ここにもたくさんの家族と呼べるような人たちがいるから、
日本にいると「ジンバブエに帰りたい」と感じるんだと思います。

朝起きて、家事をして、研究の作業をして、一息ついて、今、書いています。
博士課程後期に在学して5年目…いい加減、自立した!と思い、研究を進めながら就職活動をしています。
アフリカや途上国で、教育開発の専門家として働くこと。
小学校から目指してきた仕事です。
素敵な出逢いに恵まれ、今生きていられることに感謝を改めてした今日。
気合いを入れなおして、一歩一歩着実に頑張っていこうと決心!!
この手紙を受け取る貴方に宣言させて下さい!
有言実行するぞっ!!

貴方の水曜日、どこで迎えているのでしょう。笑っていますか?泣いていますか?
同じ空の下で、貴方が素敵な水曜日を過ごされていることを願っています。



筆名:ジャカランダ  年齢:28  都道府県:ジンバブエ. ハラレ

2015年12月16日水曜日

2015年12月16日(水)

拝啓 どこかの誰かさま

お元気ですか?私は本日、短期アルバイトの面接に行って来ました。
書類の記入、適正検査、筆記試験...先週の今頃はベルリンの街を闊歩していたのに、何この差...と思って、ちょっとヘコみました。。
そう、先週まで私はドイツはベルリンに行っていたのです!
このお手紙を読んで下さっている誰かさんは、ドイツに行ったことはありますか?
私は今回初めて行ったのですが、とても素敵なところでした。寒いけど。
いわゆる、観光スポットにも行きましたが、一番印象に残っているのは
グルーネヴァルド駅17番線です。そこはナチスドイツがユダヤ人を
強制収容所に送った、そのスタート地点となっていた駅です。
”緑の森”という美しい名前の駅には今も、当時の線路とホームが残っており、ホームの端のプレートの部分には何年何月何日、何人のユダヤ人が、どこの収容所へ運ばれたのかが、一つ一つ刻まれています。
1942年10月28日、ユダヤ人100人、ベルリン→テレージン、
1942年10月29日、ユダヤ人100人、ベルリン→テレージン....
数字で見るとただの数字ですが、その1人1人に家族があり、恋人や友人、大切な人がいたであろうことを考えると、言葉が出ませんでした。
私達を忘れないで、平和の大切さを忘れないで、そんな彼らの声が聞こえた気がしました。与えられた平和の中で戦争の痛みを知らずに生きている自分に何が出来るのか、考えながらドイツを旅立った、まさにその直後、フランスで同時多発テロが起きたのでした。
貴方達が亡くなって70年余、今も世界には争いが絶えませんなどと言ったら、グルーネヴァルドから死の道に追いやられたユダヤの人々は何を思うでしょうか?
現代に生きる者としての責任を通説に感じずにはいられない今日この頃です。
長くなり申し訳ありませんでした。どうか貴方が平和でありますように。


筆名:とある旅人  年齢:33  都道府県:北海道